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白ペンギンが宣うた、白ペンギンHILOが日々つれづれに思ったことを宣うブログ

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知らないけれど知っている 昔のゲームにゃよくあるハナシ

 引き続きレンタル読みしてる『ジョジョ』だが23巻のダービー戦あたりからうっすら覚えがあるなぁ、どうやら私は小学生時分このあたりでジャンプを定期的に読むようになったらしい(※というかその頃は律儀に毎週買ってた) んでそれはソレでいいんだけど、マンガ本編の方は20巻過ぎくらいからかなぁ、新しい乗物で移動開始→敵の襲撃で移動手段を奪われる→バトルで撃破して次へ、という作劇展開が一定すぎて軽く飽きを感じ始めたり(苦笑) なんだろ、展開がパターンすぎてるせいで物語が先に進んでるって印象をあまり受けないんだよなぁ、3部の序盤はそこそこ楽しめてたんだが、途中からこのパターンが続いて「まーた乗物ぶっ壊れるのか・・・」みたいな印象になってしまってるというか。つくづく自分は本作との相性が悪いんだなー、でもまぁダービー戦はけっこう面白かったし、ココから改めて読み続けてったら好きになってくるのかも分からんが。とりあえずこの調子で4部まで読んで、いまでも果たして同様に楽しめるかの確認だなー。

 『3D ソニック・ザ・ヘッジホッグ』開発者インタビュー。以前DL購入した『3D スペースハリアー』のインタビュー記事でもそうだったが、ホント狂った情熱とゲーム愛とでムリヤリ移植を実現し続けてるなこの開発チームわ(※誉め言葉) メガドライブタイトルを3DSに直接移植するのは実質ムリだからバーチャルな互換有り新ハードを構築してソコに乗っけるカタチで立体視対応も実現できるようにするって、何を思ったらその発想に到るんだろう・・・ 開発元のM2はヘタしたらいま現在のSEGA事態よりもSEGAイズムを持ってるんじゃないかと思えてくるイキオイだ。
 で、記事を読んで触発されてそのままDL購入、ちょろっと遊んでみた。実はMDって触ったことさえないのだが、始めの「セーガー!」の起動音を耳にするとこんなにも懐かしい気持ちになるのは何故だろう(笑) タイトル画面のBGMはUFOキャッチャーでもお馴染みの曲だから普通によく知ってるんだが。ソレはともかくゲーム、うんムズいね( ̄▽ ̄;) 『ソニック』シリーズというとソニックをひたすら走らせ続けるスピード感・爽快感重視のタイトルってイメージがありそうに思うけどコレって間違いなんだよな、確かにそういう爽快プレイは実現できるだけどそのためにはステージ構成をきっちりアタマに叩き込んでその上でというモノで、初回プレイではそこそこ慎重に動かないとあっという間に敵やらトゲやらにぶつかってリングぶちまけるハメになるとゆー。
 そもそも自分がプレイしたことあるシリーズってDCの『アドベンチャー2』かDSの『ラッシュ』シリーズくらいのものでさほど思い入れや"経験値"があるワケでもないから、いまになってワリと辛口な初代『ソニック』に触れるとフツーにキツイ(笑) でも本作の明るいグラフィックはいま見ても楽しげでイイし、立体視対応になってさらに視覚的な面白みが加わってるしで、微妙なこのハードルを除けばやはり悪くない横スクアクションではある。まぁせっかく買ったんだし、何かの合間にちょろちょろと遊んでみるかねー。

 にしても3D復刻シリーズはまだ今後も続くのか、次もMDタイトルになるのかねぇ。・・・ここまで行くと復刻の域じゃ済まなくなるだろうけど、個人的には『ジェットセットラジオ』とかDC時代のSEGAタイトルを3DSで出してほしいんだけどなー。『エターナルアルカディア』とか出してくれたら、たとえベタ移植であっても続編への希望も込めて迷うことなく購入するんだが(真顔)
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春の陽気よ何処行った

 また安定して寒い日々。いやー・・・ゴールデンウィークに入る前の週の方がよっぽど気温高かったってひっでえハナシだよね(←同意を求める顔で) そもそも日照がサッパリって状態が正直困ってる次第、仕事で太陽光にさらして置きたいシロモノがあるんだけど肝心の日差しが無いからソレ放置したままにするしかないんだよな、ジャマくさくって仕方ねえ。今日も今日で地味に雨降り続きだし、そろそろ片付けようと思ってた部屋のヒーターも完全にタイミング失ったワ。イヤもう本当にいまって5月の真ん中か?( ̄▽ ̄;)

 とまぁ北海道の実生活はこんな低調だけど、世間的には株の日経平均が1万5千円を突破して好調なようで。なんでも5年4ヶ月ぶりなんだってな、5年前の政権って誰だっけ、福田さんか麻生さんかどっちかだよね。すでにその頃の政権もずいぶん昔のように感じてしまうが・・・にしてもこの状況を振り返ると真剣に前政権与党の存在って何だったんだろなと思わざるを得ない(真顔) マジで連中がやってきたことってなんだったんだろーなぁ、ガソリン代だってまったく値下がりしなかったし・・・(←古いネタだなー)

記憶ってそんな"定まって"るか?

 1日遅れで今週のジャンプ。『ブリーチ』、子供に両親がその馴れ初めを話すのくらいはワリと普通だから構わんけど、「真咲は太陽みたいだった」とかサラッとのろけを口走ったのはさすがにどーかと思った(笑) まぁ肝心の息子当人が前に自分で、母親のことを「家族みんなの中心」みたいに同じく評してたからそんなに気にせんのかも分からんケド。
 『ソーマ』、そもそもが事態の中心人物は田所なので、創真とのコンビでしかも調理メインが田所というルール設定には納得。コレなら退学決定についての汚名返上と主人公の活躍も同時に描けるしな。でも物語的にはさらに先行きが見えなくなったのもあるよなー、この状況でどうやって遠月卒業生というバケモノを相手にした"ジャイアントキリング"を描いてみせるのやら。

 のーみそにマイクロチップを埋め込んで記憶の外部保存(?)ができるようにする技術が開発中なんだとか。んー、人間が脳でやり取りしてるのって基本的には電気信号なんだから、ソレを上手いことゼロイチのバイナリデータに変換してメモリ保存できるようにする、くらいのハナシなら「まぁ可能じゃね?」くらいに思うんだけど。でもいわゆるサイバーパンク的な、その記憶情報を自由に出し入れしたり他者に譲渡したりとかってのは個人的には難しいどころのハナシじゃ済まないんじゃないかと考えてるので、この技術も記事中にある通り医療的には意義が高そうだけど文面から想像するようなそれ以上の夢あるハナシにはそれほど聞こえてこなかったり。
 というのも、何か画像(映像)があって人間がソレを"記憶"しているとして、いま現実的な"外部出力"の手段としては「絵にして描く」ぐらいのもんだと思う。で、記事にある技術が確立すればその画像(の記憶)をデータ化して保存できるようになる、ならソコからの外部出力もできそうなもんだけど・・・でも人間が覚えてる事って大概あいまい・テキトーなもんで、そのテキトーな画像の記憶を、仮にデジタルフォト化できても正しくその画像にできるかは一切保証できないと思うんだよなぁ。例えばふたりの人間が同じ日暮れの光景を眺めていても、一方は山間に沈む夕日に注目し、一方は空の色や雲のカタチに注目してた、そうなると同じ光景のハズなのに記憶に残る内容には片寄り・差異が生じるよね、言いたいのは大体そーいったハナシ。そういった個々人の心境・心象による記憶の曖昧さをそのままチップに保存することは充分可能だろうけど、その記憶データから恣意的に任意の有用・必要な情報を取り出すって果たしてできるんだろうかと、ヒネクレ人間の自分は思ってしまう。
 その他にも、デジタルデータならハードウェア・ソフトウェアのアーキテクチャそれぞれによってフォーマットってモノが定まってるから同一仕様の元での規格統一も図れるんだけど、人間(生物)の記憶って自然言語で構築されてるワケでソレに統一規格って存在するんだろーかって疑念が昔からあるんだよなぁ。人間が思考を巡らせるためのオペレーションシステム的な何かがあるとして、ソレがAさんとBさんとで同一のOSだという保証ってないだろ? 私が無知無学なだけで脳科学的にはそのへんもう解明されてるのかもしれんけど、とりあえず個人的にはそのレベルで疑惑があるので、そんな千差万別の記憶データを何かぽいっと他者に移植するとかって、全然現実的に感じられない。そういうのサイバーパンクじゃよくあるネタだけど、ムダに理屈で考え始めると「無理だべ?」って自分はなっちゃうんだよなー。

 とまぁ、アレコレと余計なことを連ねてみたが。SF的なハナシを横に置いておけば、また記事中にあるような記憶障害やアルツハイマー等の治療に役立てるという利用方法は現実的だと思うし、そういう方面ではとても価値がある研究だとは感じる次第。自分自身の記憶情報なら自分自身に外部から移植されても受領・処理は可能だろうしなー、それこそ『シュタインズゲート』のタイムリープマシンのような未来記憶の過去移植といった風に。
 果たしてこの技術が発展進化して、まさにサイバーパンクよろしく記憶の任意転移が可能になるんだろうか? 人間の記憶を完全にマイクロチップのみに保存されるよう処置することで、特定記憶の削除や改変までも実現されうるのか? いまの自分はソレらを非現実的に思っているけど、でもそうした個人の想像を次々乗り越えていくのが先端科学だしなー、未来の自分がビックリするような研究成果が生まれてくることもまた、矛盾しながらも期待してみたり。

記憶を越えてく彼女の想い

 なんだろな今日の天候というか気候、外を歩く分にはパーカー着といてちょうどイイくらい風が冷たい、んだけど駅とか店の中とか構内に入ると途端に熱くてイヤになってくるという。季節の変わり目だからなぁ、空調の温度調整が決めづらいときなんだろーけど。映画観てたときも上着脱いだのに暑くて汗かいたレベルでしたヨ。

 そんなワケでよーやく行ってこれました、『劇場版シュタインズゲート・負荷領域のデジャヴ』観賞。先日の失敗を踏まえて今日は午前中に札幌到着してその足でチケット購入を済ませ、そして17時上映の20分前にシアター戻ったら座席埋まってやがった。イヤ真面目に満員御礼でホントびびった、『シュタゲ』は確かに面白いし名作だったけど世間的人気、というか認知度で言ったらややマイナー寄りだと思っていたから、劇場にまで足を運んでくるファンがあんなにもいた事実には驚かされるばかり。なんだろ、あるイミあなどってたなぁ、と。
 んで肝心の内容だが・・・さすがにネタバレはしたくないのでそのへん注意して述べると、フザケた感想を言うなら助手かわいいよ助手。イヤもうなんだろナあの実験大好きっ娘わ、オカリンLOVEな事なんてそりゃ分かってるがどんだけいちゃいちゃしたら気が済むんだと。序盤の言動やら表情作画やらは凄まじいオーラを発してた、本作でまゆり以上にアイツをかわいいと思うことがあるとはなぁ・・・
 そして、真面目な感想を言うと完っ全に助手が主役張ってた。予告編とかからも紅莉栖メインのシナリオになることは想像できていたが、まさかココまでクリスティーナ中心に物語が転がっていくとは。ぶっちゃけスタッフロールで出演陣のトップに宮野さんが表記されていたことに違和感すら覚えるほど、本作に限っては牧瀬紅莉栖を一番手にした方が相応しかったと思う。というか、そのへんを含めても正直言って今井麻美さんの声優歴の中で、この劇場版が代表役というより代表出演作品に選ばれるべきイキオイすら感じた。そのくらい演技の熱の入りようが真剣に素晴らしかった、特にクライマックス前のあのシーンとかあらゆる意味で輝きまくってたものなー。
 シナリオの"仕掛け"としてはナルホドと思ったけど、あんだけ苦労したSG世界線にやっと到着して結局まだ(また)問題が起こるのかよと、すでに完成した作品にいわゆる尾ひれがついていく事に色々感じもしつつ、なんだかんだで楽しめた。原作もアニメ版も好きだった身として、スゲー面白かったとまでは正直言えないけれど、でも劇場まで足を運んだかいはあったなー。

 理論と記憶と願いと想い、ソレらが絡み合って結実して苦しみながらもがきながらたったひとつの"答え"に辿り着く・・・『シュタインズゲート』のそういったトコロが好きだった人間ならきっと堪能できる内容だと思う。では最後に、エル・プサイ・コングルゥ(←お約束)

たかがゲーム されどゲーム

  昨夜観たアニメでもそうだったが。マンガやなんかで、まぁ一種の残酷描写として腕だの脚だの切れたり吹っ飛んだりそーいうのあるけど、自分自身の実体験から言えることなんだがそういう身体欠損をやらかしてあとで何がツライって無い箇所がかゆくなるのが何よりイヤなんだよねぇ。ぶっちゃけ、いわゆる幻肢痛なんぞよりかゆみの方がよっぽどだと思う。や、「かゆい」のって痛覚の一種だからコレも幻肢痛とは言えるのかもしらんが。しっかし幻肢感覚ってなんで解消されないんだろうなー、個人的には身体神経の作動不良(バグ)みたいなモノ、あるいは万に一つ欠損部位が復活したとして再稼動に支障が起きないよう感覚系をワザと残してる、このどちらかだと思ってはいるのだが。

 ラストで感動の涙を呼ぶゲーム5選。昨日取り上げた記事と似てるようで似てない話題。ピックアップされたタイトルのいずれも、そのスジ(?)では相応に名の知れたゲームばかりで、良くも悪くもベターなラインナップといった印象。私個人でもこの中では4・5番なら知っているが、確かにどちらもラストで感動の涙を・・・私は流さなかったけど(笑)、少なくともラストシーンを見て言いしれない心地良さというか余韻を得られるような作品ではあったなー、と。
 しかしなんだ、色々と"分かる"チョイスだから余計に思ってしまう面もあるんだが、「ラストで泣けるゲーム」と言われて『MOTHER』シリーズや『大神』あたりが上がっていないというのは、余計なお世話とは知りつつも個人的に意外というか。自分の中だと前者ではあるイミ最も有名な『2』よりも『3』の方が、後者については追記特になく、といった調子だろーか。でも振り返って考えると、『MOTHER3』だと正確にはラストバトルのすぐあと、『大神』にしてもラストバトル中のワンシーンが感動の頂点で、物語の終わりに対しては「あぁよかった、おもしろかったー」と満足して終了みたいな感じだったから、「ラストで感動の涙」というのとは少し違うかもなぁ。
 いまコレ書いてて追加で思い出したけど、『Ever17』もスゲェ感動したタイトルだったものの、ピークを言うと物語全体の"仕掛け"が明らかにされた瞬間であって、ソレってエンディングまでまだけっこう残ってる段階のハナシだしなぁ。

 本当にエンディング、物語における最後の最後の場面で感動の最高潮を向かえるモノって、探そうとすると意外に見つからないものである。でもまぁ、広い記事に反論を言うようで難ではあるが、ゲームでも何でも物語に感動する場合って大体そんなモンではあるのかもしれんネ。